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パリアン広場 かつての中国人居住区

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   セブ旧市街の中心にあるサントニーニョ教会から北西に走るオスメーニャ大通りは、スペイン時代にできた古いコロン通りとメトロ・ガイサノモール前で交差している。交差点を東に進むとマビニ通りに突き当たり、そこを左折して50メートルほど行ったところに、高さが15メートルほどのコンクリート製の教会模型と銅製の巨大な帆船がある公園に突き当たる。背丈ほどの簡単な塀に囲まれた通称「パリアン広場」である(表紙の写真)。教会模型の周りにはサントニーニョ像を担いだ行列や聖職者、原住民、船乗り、軍人など、さまざまな時代と階層の人たちの銅像が20基ほど配置されている。このあたりは目抜き通りのコロン通りから少し隔たった下町の一角で、公園横にはパリアン消防署、その前にはバスケットボールコートがある。
   この公園は1997年に着工され約3年をかけて完成したもので、「ヘリテージ・オブ・セブ」というのが正確な名称である。マゼランの来航、ラプラプと決闘の末の戦死、50年後に訪れたレガスピ隊によるマゼランが残していったサントニーニョ像の発見、住民への改宗、その後定着していったセブアノの「奇跡を呼ぶサントニーニョ」信仰、ガレオン貿易の盛衰など、セブで数世紀の間に生起した歴史的な出来事や外国勢との戦いと融和をテーマにした歴史記念公園である。

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 このあたりは19世紀の中頃まで中国人町として栄え、今も「パリアン」としてセブでは親しまれている。現在のパリアン消防署がある場所には中国系クリスチャンの宗教的よりどころであるサンフアン・バウティスタ教会があったという。公園内には当時の教会の写真を印刷したタープリンが展示されているが、瓦屋根の2階建てで2つの尖塔をもつ堂々とした印象のものだ。しかし有力中国人一族とアウグスティノ修道会が北部のタランバン地区の土地所有を巡って対立し、しまいには法廷闘争にまで発展した。結果として中国人一族が敗訴したことからそれまで在俗神父がいた教区は修道会管轄のセブ大司教区に併合され、教会堂は取り壊されてしまったという。戦争が始まる半世紀ほど前のことである。
 当時の中国人は正確に言うと「メスティソ」と呼ばれたセブアノとの混血を指している。ガレオン貿易の航行ルートがセブからマニラに移ったことで、スペイン人も中国人もセブに見切りをつけてマニラに移り、結果として中国系のメスティソだけがセブに残ったのである。
 メスティソの祖先の出身地は中国大陸からフィリピンにいちばん近い大陸の東南部沿海の福建省、特に厦門と泉州出身が主流であったとされている。
 こうした中国人をスペイン人はどのように扱ったのであろうか。レガスピ総督時代にはすでにセブには中国人の居留区があったという記録が残されている(『フィリピン諸島誌』)。マニラにいた中国人についてこのスペイン人著者は、「中国人はあらゆる職業に熟達しており、非常な働き者」、「中国人なくしてはマニラ市は生活することも維持することもできないのは事実である」とその資質と存在を高く評価する一方で、「彼らは大変な大食漢であるので食料を消費し尽くしてしまう」、「原住民と通商をするという口実のもとにありとあらゆる犯罪と不正を働いている」と警戒心と敵意を丸出しにしている記述も目立つ。中国人がもたらしてくれる流通品や技術の恩恵はスペイン人の日常生活にとって必要不可欠であったが、その存在が大きくなると逆に彼らの経済力を脅威に感じて弾圧を加えるという、相反する政策をとっていた。中国人の存在は頭痛の種だったようで、スペイン政庁は中国人職人に対し、政府認定の身分証を発行したり、時には大陸への強制送還、パリアンの集団移転など、対策に苦慮したようだ。
 しかし中国系メスティソはたくましく時代を生き延び、その後新たに流入してきた中国人移民とともにセブにしっかりと根を下ろし、中国人社会を築いていったのである。今でもセブの有力政治家ファミリーのオスメーニャ家、ビサヤ地方を中心にモールを運営するガイサノ家などは、すべて中国系である。また公園の近くには「ヤップ・ハウス」と呼ばれるヤップ(葉)家の2階建ての旧邸が保存されている。家具や食器類の展示品はありきたりで珍しくはないが、「バハイ・ナ・ティーサ(瓦葺きの家)」と呼ばれた中国式家屋の瓦屋根が、天井がない内側から丸見えになっていて興味深い。
 パリアン時代の中国人の居住区は、現在の公園から東側に広がっていたそうで、この界隈はヤップ・ハウスのような瓦屋根の家々や商店が軒を連ね、港まで続く小さな通りを賑わしていたことが想像できる。(編集部)

ナビ・デ・セブ第5号[Navi de Cebu Vol. 5]より

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