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『拳の漂流』城島 充著

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 『拳の漂流』城島 充著 (講談社・1,900円) 
2003年6月30日発行

   大阪のミナミにかつて、「ボクシングの神様」「最強のボクサー」と呼ばれたフィリピン人プロボクサーがいた。太平洋戦争が勃発する直前の1941年に来日したパナイ島イロイロ出身のベビー・ゴステロ。大戦前後の一時期に日本ボクシング界で一世を風靡(ふうび)したヒーロー、ピストン浜口や笹崎たけしと対戦し、勝ったこともあるベビーは、戦後28連勝という記録も打ち立てた天才ボクサーだった。産経新聞社の記者だった著者は、リング界から忘れ去られた晩年のベビーと出会い、その足跡をたんねんに追いながら、ボクシングを通じたフィリピンと日本の交流の歴史を浮き彫りにする。また、時代に翻弄(ほんろう)され引き裂かれるベビーとその家族の愛憎も見事に照らし出した。
   本書はまず、ボクシング好きにはたまらないだろう。戦前、戦中の日本人の大和魂を鼓舞し「拳聖」と呼ばれるほど国民に愛されたピストン浜口。現役時代にピストンと「世紀の一戦」を繰り広げ、引退後はファイティング原田など多くのチャンピオンを世に送り出した笹崎たけし。当時のフライ級世界チャンピオンだったフィリピン系米国人ボクサー、ダド・マリノを東京・後楽園で破って日本人で初めて世界王者になった白井義男。などなど、かつて日本のボクシング界をけん引した有名選手の足跡や、節目の勝負をたんねんに紹介しているからだ。ベビー・ゴステロは、そんな日本人のヒーローたちと互角に戦っていたというから驚きだ。しかし、太平洋戦争に突入した1942年5月に、国技館でベビーがピストン浜口と対戦した時の様子は本書に次のように紹介されている。
   リングサイドには白装束に身を固めたピストンの応援団が陣取り、ラッシュが始まると「わっしょい、わっしょい」と津波のような声援が会場を包んだ。1発打たれたら2発返す。2発打たれたら3発・・・。打たれても打たれてもひたすら前進する英雄の背中に、戦時下の日本人の多くが「皇軍勝利」の夢を重ねたのだろう。
   戦時下で、対戦相手だけでなく日本の「国全体」を相手にして闘わざるを得なかったフィリピン人ボクサーの悲哀もここから読み取れる。戦後になると、ベビーは逆に、大阪のミナミにあったオール拳というボクシングジムを本拠に、戦勝国の一員としてその才能を開花させる。ベビーのボクシングは、左手をだらりと下げて顔面をガードせずに相手のパンチを紙一重でかわし、アッパーやストレートを自在に繰り出す型破りなスタイルだった。彼の真似をする日本人ボクサーも多かったがだれも体得できなかったという。また、在日朝鮮人で優れた実業家だったオール拳のオーナー、斉藤八郎の協力もベビーの活躍を後押しした。ベビーは、ラッシュ戦法のピストンとの再戦を控え、斉藤の知人で当事まだ関取だった力道山と「命がけのスパーリング」も行い、世間をあっと言わせたこともあるという。
   戦後初の全日本選手権でフェザー級日本王者に輝き、一世を風靡したベビーもその後、徐々に栄光から離れていく。天才的だったがゆえにまったくの練習嫌いで、女性問題や暴力団との付き合いなども多かった。そして1951年に白井義男と一緒に日本から初めてとなる海外遠征メンバーとしてハワイに派遣され、日系米国人選手とノンタイトル戦を闘ったのを境に、リングでの精彩は徐々に失ってゆく。そして1955年に傷害事件で有罪判決を受け、ボクシング界から追放されてしまう。
   このように、たとえ一時期とは言え、日本のボクシング界に「神様として君臨」したフィリピン人ボクサーがその後、全くと言ってよいほど忘れ去られたことは著者ならずとも不思議に思うだろう。それは、フィリピン人だったがゆえなのか、もしくは引退後にならず者と付き合ったり、知人やファンからの施しで生きてきた彼の生活態度に由来するものなのか。著者は1999年にベビーと初めて会った際にこのような疑問をまず持った。そして、この疑問に突き動かされるように、著者は、ベビーを知るボクシング関係者や在日フィリピン人、また彼と一緒に暮らし子供を生んだ日本人女性も探し出しインタビューするのだった。かつての英雄の失われたストーリーをジグソーパズルのように少しずつ復元してゆくために。そんな著者の熱い行動力は、亡くなったベビーの遺骨の一部をもらいうけ、ベビーがフィリピンに残した家族の消息を探すためフィリピンのイロイロやマニラにまで出かけ、最後には来日していたベビーの孫娘の居所まで突き止めてしまう。この著者のジャーナリスト魂に読者は必ずやノックアウトされるだろう。
   タイトルのように本書では日本とフィリピンをかつて「漂流」した、もしくは現在そうしつつある無数の人々の群像も描かれている。あらためて、教科書の歴史には出てこない、埋もれた人間の交流史が日比間に積み重なっていることに思いを新たにする。

城島 充(じょうじま・みつる)1966年、滋賀県高島町生まれ。関西大学仏文科卒業後、産経新聞社に入社、岡山総局を経て大阪本社社会部に勤務。2001年からフリーに。「武蔵野のローレライ」で第7回文藝春秋ナンバースポーツ・ノンフィクション新人賞を受賞。

ナビ・マニラ第2号[Navi Manila Vol. 2]より

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