リゾートアイランド・セブのこだわり生活情報誌
現在地: Home コラム ひとびとの暮らし タガログ語族とビサヤ語族

タガログ語族とビサヤ語族

583   1957年、初めてフィリピンの地を踏んでいちばん驚いたことは、この国は7000余の島々と70余の言語からなる多言語多民族国家だと知った時でした。特に多数の人々が話す有力言語だけでも「イロカノ」、「タガログ」、「ビコラーノ」、それに「セブアノ」、「イロンゴ」、「ワライ」などビサヤ語、さらにはスペイン語との混成語「チャバカノ」とたくさんありますから、共通言語として「英語」が必要不可欠になるわけです。これらの中でもタガログ語はマニラ首都圏を中心としてカビテ、バタンガス、リサール、ブラカン、ミンドロ、パラワンの各州だけで使われた地方言語でしたが、戦後、フィリピンの国語に指定されてからは学校教科書で、またテレビの全国放映用語ともなって、全国的に聞く方では理解されるようになってきています。だから、マニラにはタガログ語と英語しかしゃべらない人が大多数です。彼らはビサヤ諸語などの地方言語は全く知らないし、覚えようともしません。
   反面ビサヤ諸島、ミンダナオ島にいる人々はタガログ語は聞いて理解はできますが、自ら進んでは話しません。私もマニラに来るまではフィリピンは単一言語のマレー系単一民族が住む国だと思っていました。そして、マニラだけにいた間はそういう解釈に違和感を持ったことはありません。今でもマニラ以外に行かないほとんどの日本人はそう思っているでしょう。
   そして、フィリピン人が分かれて争っているのはミンダナオ南西部に住むイスラム教徒と共産党新人民軍だけだろうと思っています。ところが、全フィリピン人の7割がしゃべるというビサヤ語の人々は、セブ島を中心とするビサヤ諸島とミンダナオ島に住んでいます。そして彼らビサヤ語族とタガログ語族の間にはぬぐい難い対立感情が根深く存在しています。そして、こういう事実は、見下される側のビサヤ語族の人々は皆が意識し、承知していますが、強者の立場にあるタガログ語族の人々からは感じられません。こういう対立した人間感情をほとんどの外国人は知らず、フィリピン人相互間でも正面切っては口にしない、ぬぐい難い感情を形成しています。分かりやすく言えば、ビサヤから見れば「タガログは偉そうぶって、見下しやがる」ということです。
   こういう感情的な対立は理屈の外のことで、フランスでの「英語は知ってるけれど、しゃべらない」という民族対抗意識のように、長い歴史的な背景があり双方でぬぐい難い感情があるのです。1986年のエドサ革命でマルコスが追放された事件の最中でも、セブの人々は「またタガログ連中がやってるよ」という、何か外国の事件を聞くようなしゃべり方でした。
岡 昭(SNN代表、セブ在住)


ナビ・マニラ第10号[Navi Manila Vol. 10]より

bottom-banners-bw 02 bottom-banners-bw 04 greyfooterbutton 03 facebook bottom-banners-bw 08
denwacho 2015 cebumapbanner Cebu City Tour navimanila23 dmsweblogo