リゾートアイランド・セブのこだわり生活情報誌
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セブへようこそ!

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不思議な好景気

   最近の首都圏やセブ市は、20階建て以上の高層ビルが乱立し「一体誰が建て、誰が買い、誰が借りるのだろう」と、首をかしげる人が多い。比の国内総生産(GDP)は東南アジア域内で最低水準に近く、開発途上国が先進工業国家になる指標「GDPの2けた成長が10年続く」というレベルからもはるかに遠い。大都会裏町の「スクォッター(不法占拠地域)」は20年前と同じで目を覆いたくなる。比は景気が良いのだろうか。それではなぜ、850万人(人口の1割)も海外就労するのだろう?と不思議だ。私なりに、あまり難しい数字に頼らない最新「比経済のウラヨミ」を試みる。

中国の「不動産バブル」
   最近、親しい中国系比人実業家と論議を交わしたが、我々日本人が知らないことばかりだ。もう香港も上海も不動産バブルで危ない。ここ10年で(地価が)4倍以上に跳ね上がって、もうけた香港、シンガポール、台湾、上海の「華人・華僑の投資家」が今、密かに目を向けているのは「日本の北海道リゾート」「フィリピンのセブ島とミンダオ島のダバオ」だという。投資家の目安は、10年後に4倍にならない土地は投資案件としてメリットがないという。そう言えば私が15年前に買った自宅の土地・建家は約4倍になっている。だがセブ都市圏、ダバオ都市圏では住宅地より商業地(ショッピング・モールやホテル)の値上がりが激しい。

タウンハウスの買い手
   これは「2階建長屋」形式の住宅だが、セブでは400万から500万ペソで売るか、月1万5千ペソで貸すかしている。タウンハウスはコンドミニアム(分譲高層マンション)と同じく、「外国人名義」で買えるし、「土地の区分所有権付き」だから、買いやすい。そこへ比でも増えてきた「医者」「弁護士」「公認会計士」「コンピューターエンジニア」「グラフィック・ソフトエンジニア」「コールセンター役員」らの「若手高給所得階級」(月収5万ペソ以上)の急増が目立ち、明るい希望も出始めた。もちろん「大学出」が必須条件だが、採用条件は厳しい。

観光バスの人質射殺
   フィリピン警察力の限界が暴露された悲しい事件だった。この被害者がもし日本人だったら、観光客は多分激減して元に戻るには少なくても3年はかかるだろうが、中国人観光客の多くは「投資可能性調査」を兼ねており「あまり影響は出ない」と華僑自身が言う。そして比国経済は当面底辺をさまよう方が好都合なのだそうだ。
  それにしても人質が生きるか死ぬかの瀬戸際に、現場指揮の警察トップが事件現場を離れ「そろって近所の中華料理店で食事していた」とは、何ともはや言葉も出ない。やっぱり昔、私自身が言い出した比国は「ミスター・アバウト(いい加減な男)の国」を思い出させてくれた。彼らはキチンキチンと段取りよく、着々と仕事を進めることができないらしい。

華人・華僑の資金は?
   インテリ比人たちが話をすると、「汚職」という「悪しき慣習」をフィリピン人に教えたのは、中国系フィリピン人(華僑)だという。そして国税局(BIR)と組んで所得税をほとんど払わないというレベルからスタートし、今やBIRには直接税(法人・個人所得税)の所得調査能力も人員もなく徴税能力もなくなって、間接税(たばこ酒税・売上高税・遊興飲食税・関税)主力になってしまった。なぜかは言えないが、「正直者がバカをみる」国になってしまったようだ。もし日本で「所得税を払わなくて済む」としたら、どれだけお金が残るか計算してみるとよい。日本人はみな「大金持ち」になるだろう。フィリピンでは今、戦後最高の「株高」を謳歌(おうか)する。株式・国債投資資金の多くは、フィリピンに長く住む華人(中国国籍)と華僑に、最近は中国本土の中国人が脱税目当てに投資するとも言われる。

「OFW」180億ドル
   比人海外就労者(OFW)は世界120カ国へ渡航して働き、その稼ぎ(年間180億ドル)をフィリピン本国へ送金している。そのほとんどは家族の生活費として消費され、一部は国内の自家用土地・家の購入にも回る。だからこういう外貨送金は「真水(マミズ)」と言う。輸出代金は一時外貨で入っても、その中、輸入材料・部品代金の支払いで八割以上は消えるから、正味真水として残るのは1割から2割に過ぎず、OFWの送金180億ドルは、輸出売上代金ならその5倍から10倍を意味する。
   家族と離れて海外で働くのは、比国内に仕事がないからだ。大学を出ても仕事がなく、まして小学校・高校卒レベルでは食うにも事欠く貧乏が待っている。問題はこういう「貧乏人」と、日本人には考えも及ばない「大金持ち」が、同時に存在する「政治の貧困」だというほかにない。(岡 昭)

[おか・あきら]
   1957年に戦後賠償機械の民間転用についての日比政府間プロジェクトに参画して初めて来比、以後、ジェトロの市場調査員、比政府機関の技術コンサルタントなどを委嘱されてフィリピンに定住、83年に家具・雑貨の専門商社「AQRA」を創業、フィリピン全土を歩く。セブ日本人会会長を延べ10年間務めて、現在、非営利法人(NPO)「新日系人ネットワーク(SNN)」理事長、日刊マニラ新聞セブ支局長。在外邦人生存者叙勲「単光旭日章」受賞。

ナビ・マニラ第6号[Navi Manila Vol. 6]より

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