リゾートアイランド・セブのこだわり生活情報誌
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ゴマモンガラは恐ろしい

By: ジャピーナッツNCebuVol2-hinayhinay-01

ジャピーナッツのセブ日記
   私は以前、ダイビングガイドをしていた。フィリピンに来た当時はダイビングなんていうのはお金持ちのやるスポーツだと思っていたし、日本では波乗りをしていたので、「まぁ、歳を取って波に乗れなくなったらやってもいいけど。」くらいにしか思っていなかった。でもセブでは波乗りもできないし、せっかく来たのだからやってみようか、とやってみたら、すっかりハマってしまった。ああ、海の中にはこんな世界があったんだ、と新鮮な驚きと空を飛んでいるような浮遊感に虜になってしまった。

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   それから日本にも帰らず、ひたすらセブで潜り続けていた。だから私はセブの海しか知らない。日本に一時帰国をしたときに、日本の海も潜ってみようと思い、とりあえず自宅に近いポイントで潜ってみたら、エントリーして数分で、あまりの視界の悪さのためガイドを見失ってしまった。その後無事にガイドと合流したが、海の中には何にも生き物がいない…ように見えた。ダイビング終了しガイドに開口一番に言われたことが「あなた、典型的なリゾートの潜り方だね。」その辺りの海では、海底を這うように潜らないと生物なんぞ見つけられないのだそうだ。そう言われてみれば私は常に中層をのんびりと漂っていた。そんなわけであまりいい印象を持っていなかった日本の海だったが、初島ならキレイだよ、と友人に誘われて行ってみた。8月の終わりごろであったが、水温の低さには驚いた。海の中はそれなりにきれいだったが、あまりの寒さにあまり覚えていない。初島の思い出といえばお昼に食べた新鮮な刺身定食がとってもおいしかったなぁ、ということだけである。そんなことがあり、もう私は日本では潜るまい、と心に決めた。セブの海はいくら透明度が悪いとされるコンディションだってガイドを見失うほどのことはないし、何と言っても年中水温が温かい。のんびりとダイビングをしたいなら絶対にセブである。と、思っていたが、セブの海でものんびりとできないことがたまにはある。ゴマモンガラという魚をご存知だろうか。歌舞伎役者が見栄をきったような見るからに恐ろしい顔をしている。この魚、産卵期に入るとオスもメスもものすごく気が高ぶるらしい。クマノミなども人間が近寄ると怒って攻撃してくるが、フツウのダイバーはそれを「懐いている」と勘違いするほど大したことのない攻撃である。しかしこのゴマモンガラは恐ろしい。見るからに頑丈な歯で攻撃され海の中で流血事件になり数針縫った、とか、フィンを食いちぎられた、とか、凄まじい話もある。

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   海の中ではマスクをしているので、あまり視界が広くない。産卵期のゴマモンガラに気を付けようと思ってはいても、知らず知らずのうちにメスの縄張りに入ってしまうこともよくある。すると魚雷のように攻撃をしてくる。時々、応戦してしまうダイバーもいるが、悪いことは言わない、とにかく逃げることをお勧めする。メスの場合、こちらが縄張りから出てしまえば、そんなに深追いはしてこない。しかし、オスはどうもちがうようである。私は数回、オスに海の中で数十メートル、執拗に追っかけられたことがある。いくら逃げてもあの歌舞伎役者のような顔で、魚雷のごとく追っかけられて、私はガイドをしているお客さんを置いてけぼりにして必死に逃げた。(お客さんあの時はごめんなさい。)その時の恐怖はトラウマとなり、海の中で近寄ってくる影に怯えながらダイビングをしていた時期もあった。
   時々、市場でこのゴマモンガラが一匹丸ごと売られている。私は食べたことはないが、食べたことのある人の話では、魚というより肉みたいでものすごく美味しいそうである。私も数回、追いかけられた恨みもあるし、食ってやろうかと思わないこともない。しかし、ここで食べたら、更に追いかけられることにならないだろうか。
   犬を食べたことのある人は犬に吠えられる、という話を聞いたことがある。確かにウチの賢い番犬が執拗に吠えまくる時がある。あまりの吠え方に「アナタ、犬を食べたことあるでしょ?」冗談半分で聞いたら、「時々ね。」とその人は真顔で答えた。そうなると私がゴマモンガラを食べたら、今度、奴らと海の中で会ったときに、やっぱり執拗に追っかけられるかもしれない。やっぱりゴマモンガラを食べるのはやめておこう。

自己紹介
   1999年1月に初来比。半年後に移住し2000年にフィリピン人夫と結婚し一族に囲まれたコ ミュニティーで生活をしている。高校生の頃からフィリピン人に間違われ、日本だけではなく世界中どこを旅してもフィリピン人に間違われていたので、フィリ ピンに来たことはおそらく運命であったと今は思っている。フィリピン人からは「日本語、うまいね。」と根本的な間違いをされるほど溶け込んでいる、と自負 しているアラフォー女子。

ナビ・セブ第2号[Navi Cebu Vol.2]より

「ブサイ村と菊」- セブで実を結ぶんだ日本人の「遺産」

By: 岡 昭 (日刊マニラ新聞セブ支局長)

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   フィリピンの庶民が描いてきた歴史のキャンバス。そこにすっかり溶け込んだ「日本の色」がある。戦前、そして戦後に草の根の日本人が残したもので、太平洋戦争中に日本軍が塗り込めた「負」の絵の具とは対照的に明るく、さわやかな色彩だ。日本菊、カボチャ、和紙の原料である楮(コウゾ)、畳材の藺草(イグサ)の栽培……。そのいずれもが、今ではフィリピンの庶民の貴重な生活の糧になっている。そこで、この国の土壌で実を結ぶ先輩・日本人の「遺産」のひとつを紹介する。
今、セブの下町で市民の胃袋といわれ東洋一の規模を誇るカルボン・マーケットやその近くにある一五世紀に建てられたカテドラルの前で売られている切り花のほとんどは、昔、日本の山里で咲き乱れていた菊の花であることに驚かされる。明らかに「伊勢菊」とおもわれる品種だ。
   売り子のマリアおばさんに聞くと、「日本菊を育てているのはセブ市西側の山の上にあるブサイ部落だよ。栽培が易しく、日持ちが良いのさ」。

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