リゾートアイランド・セブのこだわり生活情報誌
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1990年代初頭回想のセブ島暮らし

By  松本 重樹

   齢を重ねると昔のことを懐かしむのはDNAのなせる技、などと書くと大袈裟になるが、私もその領域に達し文章化して残したいという気持ちを持つようになった。今回は1990年代初頭、セブに10階建て以上のビルが3つしかなかった時代を振り返えるが、中には私の記憶違い、混同などもあろうが、『あれはこうだった』と話が弾めば、セブの活性化にも寄与するのではないかと思っている。

建築ブームのセブではあるが

1990

   数年前にセブ最高層の40階ビルが竣工し、セブは中、高層ビルの建設ラッシュの真っ最中。その多くはコンドミニアムで、10月15日朝にあったマグニチュード7.2、死者230人近くを出した 『ボホール・セブ地震』では日本のようにあまり耐震性を考えていないこれら中、高層ビルに居た人は肝を冷やしただろうが、幸いこれらのビルにダメージを受けた話は聞かない。
   先の古い3つのビルも同様に影響はなかったようで、その一つはダウンタウンで現在もホテルを営業するビル【写真1】。このビル階下にはセブに巨大ショッピング・モールを作る前のシューマート(SM)がテナントとして入っていて、当時のささやかなSMの店構えを思うと雲泥の差があり、SMの成長ぶりを物語っている。
   もう一つはアップタウンの『フェンテ・サークル』近く、小売業大手のロビンソンズの入るビル隣の銀行大手が所有するビルで、ここには2001年に開設した初代の在比日本大使館セブ出張駐在官事務所があった。この事務所ができる前はマニラから時々出張して来る領事が旧日本人会事務所で領事業務を行い、セブ在住日本人も500人位、日本人会会員も100人を少し超えた程度の時代であった。
  なお、時代は遡るがマッカーサーのレイテ上陸作戦で風雲急を告げる前年の1943年(昭和18年)、正式なセブ日本領事館が開設されていて、今もダウンタウンの一角に当時の建物が残る【写真2】。3階のアーチ状の窓の様子などは戦前の写真通りで、現在の建物は電気製品を扱う店になっている。
   残るもう一つのビルは1980年代に竣工したかつての『セブ・プラザ・ホテル』【写真3】。これは以前にも書いたが、当時はセブのランド・マークとしてセブの人間が自慢する建物で、セブ市内観光巡りで訪れる絶好のポイントだった。しかし2000年代に入る前に倒産して長らく閉鎖。現在は名前を変えて営業を続け盛り返しているが、ホテル敷地内に多くのコンドミニアムを建設中で、以前の丘の上に威風堂々そびえた雰囲気を失ってしまったのが惜しい。

マンゴー通りのセブの事始め
   マンゴー通りというのはセブに巨大ショッピング・モールができるまではセブ一番のお洒落な通りで、今はスペインから独立時の英雄の名前を付けられているが、【写真4】で分かるように戦前はマンゴーの樹が両側に繁る道だった。この道沿いにはセブで初めてというのがいくつもあってこれを紹介したい。
   『エスカレーター』がセブで初めて設置されたビルがマンゴー通りに今もある【写真5】。かつてこのビルには高級小売業の『ルスタンス』が入っていて、ルスタンスは常に独裁者と冠詞の付くマルコス元大統領の妻として栄華を誇ったイメルダが、ヨーロッパからの贅沢品が手に入るからと大株主で君臨した時代があった。イメルダは既に80歳代半ば、年齢的に表舞台から消えたかと思いきや、意気軒昂でこの5月に行われた下院選挙で再選を果たしている。
   当時の店を『どんな高級品を扱っているのか』と覗いているが、その辺りのスーパーと変わらない品揃え。しかし、イメルダの化粧好きと関係あるのか化粧品類は高級な物が多かった。今でこそエスカレーターなどセブでは何の話題にもならないが、当時は珍しく、田舎の方から来た人が、こわごわ乗っていた。
  余談になるが、知人の住むラオスで5、6年前に完成した国際会議場にラオス初のエスカレーター【写真6】が取り付けられ、そのエスカレーターに乗るために人が押し寄せ長蛇の列を作ったという。この騒ぎもその後、あちらこちらにエスカレーターが設置されて熱気は冷め、今では動かさない日が多いという。日本では大正時代に初めて設置されてもう100年近くの歴史を持つが、最初の頃は草履や下駄を脱いでエスカレーターに乗った人が続出したそうだ。

今では何にも珍しくないが
   セブは読書文化には恵まれていないが、それでも最近はモール内には古本屋も進出してきたし、新刊書店もいくつか出現している。その中で、新刊本と文房具販売の大手『ナショナル・ブック・ストアー』は国内各所に店舗を持つが、1990年代のセブにはこの通りにしか店はなかった【写真7】。この店は四半世紀前と外も内も、雰囲気はほとんど変わっていず、2階に陳列している書籍もその当時の本がそのまま残って売っているのではないかと錯覚する気分を抱かせてくれる。
   ナショナル・ブック・ストアーのマンゴー通りを挟んだ真向かいにはファーストフード業界最大手が経営する『ジョリービー』【写真8】があって、この店は現在セブ島内だけで50近くある店舗の中で、最初にセブへ進出した歴史を持っている。こういうファーストフードの店がインスタントではないコーヒーを飲ませてくれるが、1990年代はホテルでもレストランでもコーヒーを頼むと『ネスカフェ』といってインスタントを出すのが普通だった。しかもカップに白湯を入れインスタントコーヒーの瓶を丸ごと出すのが多く、白湯を出されて『俺を馬鹿にするのか』とウェイーターに怒鳴った日本人が居た時代でもあった。それを思うと、今はアメリカ系や地場資本のコーヒーチェーン店がたくさんできて、コーヒー好きには嬉しい時代になった。
   1990年代に恐らくセブで唯一の抽出したコーヒーを飲ませるヨーロッパ人オーナーの店がマンゴー通り沿いにあって、今も同じ名前と同じたたずまいで営業を続けている。最後にセブで一番最初に営業した『カラオケ』はどこかと聞かれることがあって、これは恐らくになってしまうが、マンゴー通り沿いにあった。今はカラオケは止めているようだが、その当時の雰囲気でバーのような営業はしていて、あの店かなこの店かなとこの通りを歩いてみるのも面白いのではないか。(了)

ナビ・デ・セブ第6号[Navi de Cebu Vol.6]より

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