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セブから行くバコロド!!

 観光スポットになった砂糖貴族の「廃墟」- Bacolod
“The Ruins” (The Don Mariano Ledesma Lacson Mansion)

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    ビサヤ地方ネグロス州の州都バコロド市から北郊のシライ国際空港に向かう途中にあるタリサイ市。まっすぐ伸びた国道の両側にはサトウキビ畑が広がっている。砂糖の島とも呼ばれるネグロスには、スペイン時代からの砂糖アシエンダ(農園)が今もあちこちに残る。国道から2、3キロ農園に入ったところに、分厚い壁や柱が残る2階建て大邸宅の廃墟、その名も「ルインズ(The Ruins)」があった。
 観光スポットとしてすっかり有名になった廃墟の1階部分の床下は1メートル以上あり、天井の高さは約5メートル。窓はアーチ型のルネサンス様式で20数段の階段を上れば2階部分に通じる。5センチもの厚さがあったという2階の床板は火災で焼けてしまった。芝生が敷き詰められた庭には4層の噴水があり、その広い敷地にそびえ立つようなコンクリート構造物。「シュガー・バロン」と呼ばれた当時の砂糖農園主の、豪勢な邸宅やぜいたくな生活が伺える。廃墟の1階部分のコーヒーショップ脇には家主だったスペイン系メスティーソ、マリアノ・ラクソン氏 (1865-1948)と妻マリア・ブラガさんの肖像画が掲げられている。100年以上も前に建てられたこの豪邸は第二次大戦が始まった頃、日本軍に接収されることを嫌った反日ゲリラが火を付けたとも、家主が自ら放火したとも言われているが、鎮火まで3日間を要したいう。戦争中、日本軍の工兵隊がここタリサイに駐屯し、田畑を強制徴収し、住民を労務者としてこき使って軍用飛行場をつくった。しかし強制労働をやらされ、住居を接収された地元民の心をつかむことはできなかった。滑走路は完成と同時に米軍機の爆撃を受けて完全破壊され、日本軍機が使用する機会はついに一度もなかったという。
 ラクソン氏の廃墟の近くにもうひとつの古びた豪邸、アニセト・ラクソン邸(Don Aniceto Lacson Ancestral House)が残っている。同じ性なので親戚筋かもしれないが、アニセト氏はフィリピン革命の闘士でスペインに反抗して臨時革命政府、「ネグロス共和国」を樹立した人物として知られている。この屋敷は革命軍の拠点となり、戦争中は日本軍に、その後は米軍によって使用されたが、幸いに戦災は免れた。2002年に有形文化財の指定を受けている。



 

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