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「フィリピン病?」にかかる人

Mr. Oka Story

 在比日本大使館の邦人保護・年間件数が、不名誉な「世界一」となった。朝日新聞がいち早く全1頁近い記事として報道したこともあって、「困窮邦人」という言葉が日本でも知られ始めた。私が1999年7 月号の「セブ島通信」でタイトルに「困窮邦人と詐欺師」として使ってからは、すでに13 年経った。私も知るノンフィクション・ライターがいう「フィリピン病にかかる人」と、「困窮邦人」は直結する。また、極貧社会に沈む新日系二世の日本人父は、ほとんどがフィリピン病にかかっている。そして、末路は次のようになる。

oka sketch 2-01▪予備軍
 フィリピンパブやフィリピーナが働くカラオケスナックに通い始めたら「フィリピン病」予備軍だ。ピチピチギャルから「アコ、イカウ、スキ(私、あなたが好き)」とお世辞を言われて舞い上がり、金融業者に借金してまでお店に通い詰める。使えるお金は約200 万円ぐらいまでがサラリーマンの限度か。ここで目が覚めれば感染せずに済む。

▪感染
 査証が切れて彼女が比へ帰ると、男は「追っかけ」に変身する。彼女の故郷を訪ね、実家で大歓迎を受ける。両親は「ネギを背負った鴨」が来たと大喜び。そして多くが数カ月間彼女の実家に沈没し
てしまう。日本での仕事は無断欠勤でクビだ。しかし、この時点でも、貧しいバラック小屋での生活
や、周辺の貧民窟に閉口して逃げ帰った人は発病しなくて済む。

▪発病
 日本に帰っても、すぐフィリピンに行きたくなる。彼女にも会いたいのだが、猥雑(わいざつ)なアジアの下町的雰囲気が忘れられず、つい航空券を買ってしまう。こうなると、いよいよ発病だ。 
 こういう人は日常会話で、「アコ(私)」・「イカウ(あなた)」を連発してフィリピン通になったと錯覚する。彼らはヒマに任せて「子づくり」にだけは励み、どしどし新日系人をつくる。日本の煩わしい戸籍問題などクソ食らえ。かくして、居ついた日本人が少なくても1万人はいるだろうという説がある。

▪悪化
 患者の殆どは、比での婚姻手続きだけはしている。しかし、大多数は「お金」「家族」「男」の問題で破局を迎える。別れた男は不思議に日本へは帰らず、フィリピンに居座る。いったん飛び出した日本の家族や親族は相手にしない。50 歳を過ぎたら仕事もない。頼りの年金はまだもらえない。結局、似たようなタイプの女と同棲し、同じトラブルを繰り返す。何しろ病気なのだから仕方がない。

▪末期
 ヤキモチ焼きのフィリピーナの相手は疲れる。金さえあれば何とかなっても、その金も尽きてくる。一文無しの日本人など誰も相手にしなくなり、路頭に迷う。そして死ぬ直前には、貧しいフィリピンの隣人が食べ物を分けてくれ、薬を買ってくれ、寝場所を何とかしてくれる。末期患者は、例外なく貧しいフィリピン人が助けている。ご近所に日本人がいても、誰も助けない。
 「『まともに働いて生き抜いた人間』が、なぜ、『まともでない怠け者アホ人間』の面倒をみなければならないのか」と息巻く人もいる。だが、「袖触れ合うも他生の縁」。お互い「流れ寄った南の島」だと思うのだが。

▪孤独死
 隣人の世話も受けられずたった1人で亡くなる人も居る。日本の家族に連絡すると、「長年、散々迷惑をかけられた。遺骨は要らない」という。だから行く末は市町村の「無縁墓地」となる。マニラ、セブ、ダバオでは、もう少し整った「日本人墓地」を整備してもよいと思うのだが。
 だが孤独死する人たちは、なぜこの単純な人生計算が出来ないのだろうか? この理屈が分からない人が「困窮邦人」になっているのだ。「金の切れ目が縁の切れ目」。仕事も収入もなくては生きられない。20 〜30 歳の女が、60 〜70 歳の男と喜んで結婚する訳がない。かくて大使館前に棄てられる困窮邦人もいる。

 

おか・あきら (「新日系人ネットワーク(SNN)」理事長、日刊マニラ新聞セブ支局長)

ナビ・デ・セブ第3号[Navi de Cebu Vol. 3]より

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