リゾートアイランド・セブのこだわり生活情報誌
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「フィリピン病?」にかかる人

Mr. Oka Story

 在比日本大使館の邦人保護・年間件数が、不名誉な「世界一」となった。朝日新聞がいち早く全1頁近い記事として報道したこともあって、「困窮邦人」という言葉が日本でも知られ始めた。私が1999年7 月号の「セブ島通信」でタイトルに「困窮邦人と詐欺師」として使ってからは、すでに13 年経った。私も知るノンフィクション・ライターがいう「フィリピン病にかかる人」と、「困窮邦人」は直結する。また、極貧社会に沈む新日系二世の日本人父は、ほとんどがフィリピン病にかかっている。そして、末路は次のようになる。

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日本人ミュージシャン、セブで人気

Iwapt (イワプト)さん
ドラマの主題歌も

GMAでテレビ出演したIwaptさん   日本人ミュージシャン、Iwapt(イワプト)さんが、セブのテレビ、ラジオ局で人気を呼んでいる。昨年10月、GMAテレビの朝の番組、ブエナ・マノ・バリタ(Buena Mano Balita)に出演、自作のドクター・クリニック(Dr.Clinin)を歌い、キャスターのヨリー(YORIE)さんからインタビューを受けた。ドラマーのニノ・レガラド(NINO REGARADO)さんなどフィリピン人アーティストとの共演も多く、セブの人気ラジオ局からもポップス、ロック、クラブミュージックなどIwaptさん創作の楽曲が放送されている。

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取材ノート [2] 「人間の住む世界にもどってきた」 By: 麻生雍一郎

人間の住む世界にもどってきた--。セブで暮らし始めての実感だ。不自由で、不便。これが人間本来の生活だ。日本はとにかく便利すぎる。スイッチひとつで電気、ガスがつく。蛇口をひねれば水が出る。私が昨年、引っ越したアパートなどボタンを押せば風呂まで自動沸かし。「お風呂が沸きました」と自動音声が知らせる。
 こんな暮らしをしていて、いいのか。慣れて当たり前になると、とことん堕落するぞ。心の声がそうつぶやいた。そこへセブでの仕事の話が飛び込んできた。いま、私は「三丁目の夕日」の世界を通って帰宅する。路地では大人が屋台を出す。前で子供が走り回る。ボールを蹴る男の子、幼ない子の世話をする女の子。その数が実に多い。人間だけではない。犬と猫、ニワトリまでも路地を自由に走り回っている。
 借りたアパートはガス台はあるが、換気扇はない。シャワーは出るが、ちょろちょろだ。エアコンの設置を頼んだら、明日午後4時に行って、取り付ける、という。仕事を中断して帰り、業者を待った。5時半になっても来ない。「どうなっているんだ」と電話をした。「モノが届かない。明日の朝、行くよ」との返事。おわびの言葉はない。翌朝は来て、取り付けた。
 すべてが時間通りに動く日本。電車が5分遅れたといっておわびのアナウンスが流れる日本。自動化された世界の例外国から、世界標準のフツーの国に来た。不便さと不自由さの中で暮らすと工夫と知恵がつく。毎日が楽しい。(雍)

セブ支局長取材ノート [1] 「マニラ十年一昔」

Cebu
 私は2006年までの7年間は毎年、マニラへ出張した。2007年以降は途絶えたが、ここに書いた光景はその後も続いたのではないか。21世紀の最初の10年が終わるころ再訪すると、変化の予兆のようなものが見えた。そして、変化はおそらく、この2、3年で顕著になってきたのではないか。
 今月、私はマニラ新聞セブ支局長として着任した。その前に二日ほどマニラへ寄り、あちこち歩いたが、10年前と大きく変わったのに驚いた。高層ビルが林立し、ハイウェー工事が進み。リムジンや高級車が増えた。黒い煙を上げて走るディーゼルトラックはまだ健在だが、数は減ったように見えた。丸ビルのような大きなビルにアメリカの金融会社の名前が刻まれ、マニラがコールセンターとして機能しているのを実感した。民間企業だけではない。アメリカの内国歳入庁までがここマニラをコールセンターとして活用しているのだ。

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セブ観音慰霊祭の経緯

IMG 0989 ed セブ観音慰霊祭の経緯

占い師、シャクティー琴絵の時空間飛行

   マカティ在住の占い師、シャクティー琴絵さん。子供時代よりファッションモデルとして活躍。神秘を求めて海外を放浪中、啓示とも言えるシンクロが重なり、占 い師の道へと導かれる。プロ占星術師として20年以上、教室や実占鑑定と新聞・雑誌・ネットの占い欄執筆を継続中。邦字紙マニラ新聞にも「今月の星占い」を 2014年8月から掲載中。

マニラ新聞の紹介記事はこちら→
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shakti

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マクタン大橋の元海を見ながらゲートボール

セブでゲートボールが人気!

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   日本では「老人のスポーツ」と若い人たちからは敬遠されがちのゲートボールですが、セブのマンダウェ市では近年、老若男女のあいだでブームになっています。市内のゲートボール人口は約300人で22チームがあるそうです。テニスコートや芝生の上など、各所で練習している姿が連日見られます。写真はセブ本島とマクタン島を結ぶマクタン大橋の下の日陰で練習をするゲートボールの愛好家たちです。そのうちの一人、アーノルド・マリアノさん(65)は2007年から毎週3回はプレーしているベテランです。「若い頃はバスケットボールやってましたが最近は体力的にきついのでゲートボールをやってます。ボールを打って歩くだけなのでちょうどいい運動です」と話していました。チームの入会費は50ペソで会費が月々20ペソ。どのチームに参加してもいいそうです。
   ここセブでゲートボールが始まったのはかれこれ20年以上も前になります。徳島県に本部のある四国健勝会の会員15人が2004年に来比し、ここマンダウェ市でゲートボールを紹介したのがきっかけでした。セブの人たちは初めて目にする、クリケットに似た日本生まれのゲートボールに強い興味を示しました。場所もいらないし、ゴルフとちがってお金もかかりません。その翌年、四国健勝会の呼びかけに応じて日本ゲートボール連合の会員25人が再度セブを訪れゲートボールのデモンストレーションを行ったのです。地元の人たちの関心は高まる一方でしたが問題はプレイする用具がセブにないことでした。そこでマンダウェ市在住の渡辺、車谷氏らが中心となって日本ゲートボール連合に用具の寄贈を働きかけました。その結果、15チーム分の用具一式が送られてきたのです。その後、エピノタシオ・ラサカ氏が中心となってマンダウェ・ゲートボール協会が発足し、国際ゲートボール連盟にも加盟しました。2012年にはフィリピンゲートボール連盟の第1回フィリピン・オープン・ゲートボール大会がここセブのマンダウエ市で開催されたのです。そして今年5月には22チームが参加したマンダウェ市長杯が開催されるほど、地元のゲートボール熱が高まっています。

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X-1クラブ恒例 夏休み ビーチパーティーに100人が参加!

文・写真: 藁科豊(わらしな・ゆたか)

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   サマーシーズン真っ盛りの5月19日、「X-1クラブ」主催の恒例のビーチパーティーが開かれました。晴天に恵まれた日曜日でかつランチ・パーティーとあって会場となったJWB ホテル(マクタン島マリバゴ)には正午前にはほとんどの参加者が会場に入り最終的には約65家族、100名が集まりました。今回はセブ在住の日本人や家族のフィリピン人以外にも英語留学で来ている若い人たちの参加が目立ちました。
 気の早い子供たちはプールでひと泳ぎ、いっぽう気の早い大人たちはあちこちでビールなど飲み始めパーティーの雰囲気は否が応でも盛り上がります。小笹会長の開会の挨拶もそこそこにメンバーたちは談笑と飲食を繰り広げ昼食パーティーへと会は進んでいきました。バーベキューや焼きそば、ホットドックなどのおつまみが好評でホテルで用意してくれた白米のおにぎりがとても美味しいと人気でした。普段は忙しくてなかなか顔を合わすことがないX-1(エックス・ワン)クラブのメンバーの近況報告など、会員相互の情報交換にも大いに役立ったパーティとなりました。

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