リゾートアイランド・セブのこだわり生活情報誌
現在地: Home コラム 街角の風景 1年の3分の1はクリスマス?? 「ピナスコハン」って?

1年の3分の1はクリスマス?? 「ピナスコハン」って?

連載コラム  Hinay-hinay lang! ヒーナイ・ヒーナイ・ラン!
「ヒーナイ・ヒーナイ・ラン」とは「ゆっくりやろうよ…」という意味のセブアノ語です。

   フィリピンでは「~er」のつく月はクリスマスだといわれている。だから9月に入ると「メリークリスマス!」なんて言われることもある。いくらなんでもそれは冗談だろうと思っていたが、9月中旬くらいになるとデパートではクリスマスソングが流れ、従業員たちがサンタクロースの帽子を被っているのを見た時には驚いた。しかしあまり先走って盛り上がるのはいかがなものか、と思う。現にここ数年の私は、クリスマスな日常に慣れてしまい、何も準備をしないまま気が付けば12月24日になっていて、あせって買い物やらをしに行かなければならない。12月24日のデパートやスーパーマーケットはものすごい人である。何でこんなギリギリになってクリスマスの準備をするんだ、まったくフィリピン人は計画性がない、と以前は思ってはいたが、今ではすっかり「フィリピン人」化してしまって、黙って軽く30分はレジを待っている。
   クリスマスといえば「ピナスコハン」である。「ピナスコハン」とは、厳密にはわからないが私が思うにクリスマスプレゼントのような、お歳暮のようなものである。セブに住み始めた頃はこの時期になると、とにかく会う人会う人に「ピナスコハン、ちょうだい!」と言われた。初心だった私は、面と向かって言われればあげなければならないものだと思っていた。となると経済的にもかなりの負担で、この時期、真剣にあんまり外をウロウロしたくなかったものだ。しかし数年経つと、この「ピナスコハン、ちょうだい!」は、明らかに自分より生活レベルが下の人たちから言われることに気が付いた。そしていちいち本当にあげなくても別にどうということもないこともわかってきた。言っている人にしてみれば、挨拶のようなもので、どのくらいの本気度かは計り知れないが、だからといってあげなかったとしても、わざわざ家に押しかけてくることはない。カトリックの洗礼式の時に後見人になってしまった子供を除けば。
   だから私も先手を打って、「ピナスコハン、ちょうだい!」とやたらめったら言ってみた。するとやっぱりピナスコハンはもらえなかった。しかし明らかに経済的に潤っていそうな人からは本当にもらえたりした。それは金額的にはたいしたことはないものであったが、なぜかとても嬉しかった。やっぱり私が感じていた通り、ピナスコハンは「施す」意味もあるなぁ、とこの時勝手に解釈をした。
   ある時、近所に住む人からいきなりピナスコハンをもらった。私は催促をした覚えはなかった。その人の家はまぁ貧乏とは言わないけど、決して金持ちでもない、ウチと同等もしくは少し下レベルではないかと感じていただけに、もらったことに対し、あそこのウチは私を貧乏だと思っているのだろうか、と変に勘ぐってしまったり、挙句の果てにはいやいやウチのが上だろう、と妙な負けん気を出し、もらいっぱなしってわけにはいかないだろうよ、とちょっといいものを買って渡してしまった。
   そんなことを経験し、気が付けばこの時期、誰も私に「ピナスコハン、ちょうだい!」などとは言われなくなっていた。言ってもどうせくれない、というのがわかったのか、それとも貧乏そうだから言わないことにしたのかわからないが、とにかく煩わしくはなくなった。
   1年の3分の1はクリスマスなんて、とまだ呆れていた頃、フィリピン在住歴の長い日本人が、「フィリピン人はほかに楽しみがないんじゃない? だから何でもいいから楽しむ口実がほしいんだよ。」と説明され、なるほどと納得していたが、少なくともウチの近所の人は、年がら年中、大音量のカラオケで盛り上がっているし、ダレソレの誕生日だと言っても盛り上がっていていつも楽しそうだけどね。
   さていよいよクリスマス。日付が変わる頃になると、爆竹や花火などが上がる。鳴り物も必須のようで、オートバイを空ふかししたり、軽トラに波トタンをつけて引きずり、道路を行ったり来たりしている若者もいる。そして12時を過ぎると甘いスパゲティーミートソースやフルーツサラダなどが近所に住む親戚から次々に届けられ、あっという間に我が家のテーブルはご馳走でいっぱいになる。ああ、これ3日は食べなくちゃなくならない…笑顔で「ありがとう、メリークリスマス!」と言ってはいるが、内心は複雑である。
   あとはただひたすら無事に朝が来るのを祈るだけである。こんな狭い所でわざわざ爆竹なんてしなくたっていいと思うが近所では盛大にやる。それに毎年、けが人続出の粗悪な花火も飛んでくる。家が爆破されそうな勢いである。そしてこれとほぼ同じことが、この一週間後の正月にも行われる。普段は無神論者と公言している私だが、この時ばかりは無事に朝を迎えられたら思ってしまう。「神様、ありがとう…」と。

ナビ・デ・セブ第6号[Navi de Cebu Vol.6]より

ジャピーナッツの自己紹介
   1999年1月に初来比。半年後に移住し2000年にフィリピン人夫と結婚し一族に囲まれたコミュニティーで生活をしている。高校生の頃からフィリピン人に間違われ、日本だけではなく世界中どこを旅してもフィリピン人に間違われていたので、フィリピンに来たことはおそらく運命であったと今は思っている。フィリピン人からは「日本語、うまいね。」と根本的な間違いをされるほど溶け込んでいる、と自負しているアラフォー女子。

bottom-banners-bw 02 bottom-banners-bw 04 greyfooterbutton 03 facebook bottom-banners-bw 08
denwacho 2015 cebumapbanner Cebu City Tour navimanila23 dmsweblogo