リゾートアイランド・セブのこだわり生活情報誌
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取材ノート [2] 「人間の住む世界にもどってきた」 By: 麻生雍一郎

人間の住む世界にもどってきた--。セブで暮らし始めての実感だ。不自由で、不便。これが人間本来の生活だ。日本はとにかく便利すぎる。スイッチひとつで電気、ガスがつく。蛇口をひねれば水が出る。私が昨年、引っ越したアパートなどボタンを押せば風呂まで自動沸かし。「お風呂が沸きました」と自動音声が知らせる。
 こんな暮らしをしていて、いいのか。慣れて当たり前になると、とことん堕落するぞ。心の声がそうつぶやいた。そこへセブでの仕事の話が飛び込んできた。いま、私は「三丁目の夕日」の世界を通って帰宅する。路地では大人が屋台を出す。前で子供が走り回る。ボールを蹴る男の子、幼ない子の世話をする女の子。その数が実に多い。人間だけではない。犬と猫、ニワトリまでも路地を自由に走り回っている。
 借りたアパートはガス台はあるが、換気扇はない。シャワーは出るが、ちょろちょろだ。エアコンの設置を頼んだら、明日午後4時に行って、取り付ける、という。仕事を中断して帰り、業者を待った。5時半になっても来ない。「どうなっているんだ」と電話をした。「モノが届かない。明日の朝、行くよ」との返事。おわびの言葉はない。翌朝は来て、取り付けた。
 すべてが時間通りに動く日本。電車が5分遅れたといっておわびのアナウンスが流れる日本。自動化された世界の例外国から、世界標準のフツーの国に来た。不便さと不自由さの中で暮らすと工夫と知恵がつく。毎日が楽しい。(雍)

セブ支局長取材ノート [1] 「マニラ十年一昔」

Cebu
 私は2006年までの7年間は毎年、マニラへ出張した。2007年以降は途絶えたが、ここに書いた光景はその後も続いたのではないか。21世紀の最初の10年が終わるころ再訪すると、変化の予兆のようなものが見えた。そして、変化はおそらく、この2、3年で顕著になってきたのではないか。
 今月、私はマニラ新聞セブ支局長として着任した。その前に二日ほどマニラへ寄り、あちこち歩いたが、10年前と大きく変わったのに驚いた。高層ビルが林立し、ハイウェー工事が進み。リムジンや高級車が増えた。黒い煙を上げて走るディーゼルトラックはまだ健在だが、数は減ったように見えた。丸ビルのような大きなビルにアメリカの金融会社の名前が刻まれ、マニラがコールセンターとして機能しているのを実感した。民間企業だけではない。アメリカの内国歳入庁までがここマニラをコールセンターとして活用しているのだ。

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セブ観音慰霊祭の経緯

IMG 0989 ed セブ観音慰霊祭の経緯

占い師、シャクティー琴絵の時空間飛行

   マカティ在住の占い師、シャクティー琴絵さん。子供時代よりファッションモデルとして活躍。神秘を求めて海外を放浪中、啓示とも言えるシンクロが重なり、占 い師の道へと導かれる。プロ占星術師として20年以上、教室や実占鑑定と新聞・雑誌・ネットの占い欄執筆を継続中。邦字紙マニラ新聞にも「今月の星占い」を 2014年8月から掲載中。

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マクタン大橋の元海を見ながらゲートボール

セブでゲートボールが人気!

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   日本では「老人のスポーツ」と若い人たちからは敬遠されがちのゲートボールですが、セブのマンダウェ市では近年、老若男女のあいだでブームになっています。市内のゲートボール人口は約300人で22チームがあるそうです。テニスコートや芝生の上など、各所で練習している姿が連日見られます。写真はセブ本島とマクタン島を結ぶマクタン大橋の下の日陰で練習をするゲートボールの愛好家たちです。そのうちの一人、アーノルド・マリアノさん(65)は2007年から毎週3回はプレーしているベテランです。「若い頃はバスケットボールやってましたが最近は体力的にきついのでゲートボールをやってます。ボールを打って歩くだけなのでちょうどいい運動です」と話していました。チームの入会費は50ペソで会費が月々20ペソ。どのチームに参加してもいいそうです。
   ここセブでゲートボールが始まったのはかれこれ20年以上も前になります。徳島県に本部のある四国健勝会の会員15人が2004年に来比し、ここマンダウェ市でゲートボールを紹介したのがきっかけでした。セブの人たちは初めて目にする、クリケットに似た日本生まれのゲートボールに強い興味を示しました。場所もいらないし、ゴルフとちがってお金もかかりません。その翌年、四国健勝会の呼びかけに応じて日本ゲートボール連合の会員25人が再度セブを訪れゲートボールのデモンストレーションを行ったのです。地元の人たちの関心は高まる一方でしたが問題はプレイする用具がセブにないことでした。そこでマンダウェ市在住の渡辺、車谷氏らが中心となって日本ゲートボール連合に用具の寄贈を働きかけました。その結果、15チーム分の用具一式が送られてきたのです。その後、エピノタシオ・ラサカ氏が中心となってマンダウェ・ゲートボール協会が発足し、国際ゲートボール連盟にも加盟しました。2012年にはフィリピンゲートボール連盟の第1回フィリピン・オープン・ゲートボール大会がここセブのマンダウエ市で開催されたのです。そして今年5月には22チームが参加したマンダウェ市長杯が開催されるほど、地元のゲートボール熱が高まっています。

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X-1クラブ恒例 夏休み ビーチパーティーに100人が参加!

文・写真: 藁科豊(わらしな・ゆたか)

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   サマーシーズン真っ盛りの5月19日、「X-1クラブ」主催の恒例のビーチパーティーが開かれました。晴天に恵まれた日曜日でかつランチ・パーティーとあって会場となったJWB ホテル(マクタン島マリバゴ)には正午前にはほとんどの参加者が会場に入り最終的には約65家族、100名が集まりました。今回はセブ在住の日本人や家族のフィリピン人以外にも英語留学で来ている若い人たちの参加が目立ちました。
 気の早い子供たちはプールでひと泳ぎ、いっぽう気の早い大人たちはあちこちでビールなど飲み始めパーティーの雰囲気は否が応でも盛り上がります。小笹会長の開会の挨拶もそこそこにメンバーたちは談笑と飲食を繰り広げ昼食パーティーへと会は進んでいきました。バーベキューや焼きそば、ホットドックなどのおつまみが好評でホテルで用意してくれた白米のおにぎりがとても美味しいと人気でした。普段は忙しくてなかなか顔を合わすことがないX-1(エックス・ワン)クラブのメンバーの近況報告など、会員相互の情報交換にも大いに役立ったパーティとなりました。

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「メイド・イン・セブ」のカメラをアジア、世界へ!

マクタン輸出加工区(MEPZ1)でデジカメを 生産 するペンタックス

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第1回 Pentax Ricoh Imaging Products (Philippines) Corporation (小沼豊社長)
   セブのマクタン島にあるマクタン輸出加工区(MEPZ1)で、1991年からフィルムカメラの生産を行っている「ペンタックス」社。カメラの代名詞ともなった同社は戦後まもなく、日本初の一眼レフカメラを発売するなど、その卓越した技術開発力を誇ってきた。 いま、そのペンタックスのレンズ交換式デジタルカメラの全機種が、マクタン工場で組立て・生産されていることはあまり知られていない。「メイド・イン・セブ」をキーワードに、地元に密着した生産体制で、アジアと世界に向けたグローバルセンターを目指しているペンタックスの、製造現場を訪ねた。
   ペンタックス工場には現在、従業員1,300人(女性が6割)が働いている。各工程の作業場は空気清浄度が確保されたクリーンルームになっており、エアコンが効いた病院の無菌室のようなつくりだ。そのガラス張りの部屋の中では防じん服とゴーグル姿の女性たちが計器を調整したり、細かな作業の手を黙々と動かしている。初心者向けからプロ用までのレンズ交換式カメラはここで作られている。とくに日本で「カメラグランプリ」、「グッドデザイン賞」など、ヨーロッパなど世界中でも多くの賞を総舐めにした、4000万画素の高級一眼レフモデル「645D」は、約2,000個の部品を全て手作業で組み立てるという驚くべき「職人芸」により、ここマクタンで作られているのだ。「645Dを担当する職人は、社内でもトップレベルのメンバーから選抜し、さらに日本でもみっちりと訓練を行ってきました。我が社の最高機種はフィリピン人によって作られているんです」と話すのは、マネージャーの黒田真一郎さん(38歳)。黒田さんは元青年海外協力隊員で、任期終了の後にセブに残りペンタックスに就職した。「フィリピン人はみんな手先が器用で、細かい作業に大事な視力も高いですね。勤勉かつコミュニケーション能力も高いので助かります」とその労働力を高く評価する。
   これまではセブ工場では本社(東京都)から注文を受けてその通りにカメラを作ってきた。最近ではカラーバリエーションのカメラがヒット商品となっていた。日本で成功した「100色以上のカラーバリエーションの注文を受けてお客様に確実にお渡しする」というノウハウを、今後はグローバル展開し、要望の高い「その国・地域にあったカメラカラー」を世界に広げて行くという。また、近年のVIP(ベトナム、インドネシア、フィリピン)+インドの経済成長とともにアジアでの販売が伸びているなか、「お客様に安心を届ける」をモットーに、「マーケットから近い工場」の地の利を生かし、生産拠点と販売が一体となったアジアのハブとなるべく、拠点の整備を進める方針だ。
   フィリピンにおいても販売拡充のための様々な施策を進めており、「フィリピン国内シェア1位」を目指している。昨年11月には、国際交流基金マニラ日本文化センターの協力で、セブ市のドンカルロス高校の生徒29人が工場見学に訪れた。「日本のペンタックスカメラは日本で作られている」と思い込んでいた高校生らは、マクタンで製造されていることを知り、一様に驚いたという。また、セブの人たちに誇りを感じてもらえるよう「セブ産の製品を買おう」という標語のステッカーを全島に配布し、セブに根付いた企業イメージとブランド名の浸透にも力を入れている。

ナビ・デ・セブ第3号[Navi de Cebu Vol. 3]より

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セブ「日本人若者の群れ」

おか・あきら 「( 新日系人ネットワーク(SNN)」理事長、日刊マニラ新聞セブ支局長)

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   30年前、セブ・マクタン輸出加工区にNEC、ペンタックス、太陽誘電などの日本の上場企業グループが続々と進出し始めたとき、セブ経済界では「セブーム到来」と言われた。 

   最近、セブ都市圏では、マニラ首都圏と同様に、20階以上の高層ビルが立ち並び、不動産バブルまがいの好景気を謳歌(おうか)している。
これを支えているのは、年間200億ドルを超えるOFW(フィリピン人海外就労者)の外貨送金なのだ。加えて、簿外の外貨収入が「裏経済」を支え、実質の国内総生産(GDP)は意外な高い数字になるというから、驚きだ。

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